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一面に舞い散る羽毛。
討ち倒され地に墜ちた天使から目映い光が溢れ
そして。
ぐにゃり、と周囲の空間が歪む。
鬱蒼と繁る森が、空が、大地が、どろりと渦巻き
───消失した。
……否、いにしえの森から消失したのは
Triad Chainの面々であった。
いにしえの森はただ、黙してそこに在る。
旧き時より、何も変わることなく。
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長い浮遊感。
僅かな不快感。
「痛ぅ……なんやっちゅーねん、ったく!」
赤毛の男がぼやきながら尻をさする。
どうやら高所から落ちて枝でしこたまぶつけたようだ。
金髪の小柄な少女が後ろからその尻をすぱーん、と小気味よく叩く。
いつもの、ありがちな光景だった。
「皆さん、無事ですか!」
緑髪の少年が皆の安否を確かめる。
どうやら、どこか別の場所へ強制転移させられたようだが
人数も荷物の欠けも無いようだ。
安心していいかは、ともかく。
周囲を見回してみるとそこは異様な空間だった。
奇怪に捩じれた樹や石が絡み合い、足場を成形している。
暗く、湿った瘴気渦巻く負の領域。
明らかに人が住むような場所ではなかろう。
そこをぼんやりと光る怪球が上空から照らしていた。
「───熱源、多数。囲まれています……まぁ、敵でしょうね。」
グレイヴを手にした鋼の乙女が状況を淡々と告げる。
ぐるりと周囲を囲む無数の異形達の影。
蟲のような、獣のような、鳥のような、人のような。
悪意と嘲りと歪みに満ちたその姿。
「イ、いら イラッシャイ ま゛ぜーーーーッ!!」
滑舌の悪い籠った挨拶とともに周囲から悪鬼の群れが押し寄せる。
「来客をもてなすには、少々準備が不足のようですね……!」
そう吐き捨てた銀髪の女傭兵が悪鬼の群れの中をすり抜けるように駆け
対の刃を振るい、ざくざくと淡々と斬り伏せて血溜まりを増やしていく。
個々の能力は決して弱くはないが手こずるほどでもない。
所詮は数押しの雑兵なのだろう。
大型の銃を構えた赤髪の男と、弓を携えた鋼鉄の人馬騎兵が高速で撹乱し、そこへ歩行雑草の少女と青髪の眼鏡の青年が広域魔術で纏めて吹き飛ばしていった。
9つの戦手筋が次々と血の花を咲かせ、屍山血河を築いでいく。
けれど、相手に怯む様子はない。
嬉々として、鬼気として迫ってくるばかりだ。
一見、無秩序に群がってきているそれらだが、そうでもなかったようだ。
脚力に優れた者には再生能力に長けた大型の悪鬼達と
触れると炸裂する空中機雷のような悪鬼達が押し寄せ
機動力を殺し、体力を擦り減らしていった。
そして魔術に長けた者達へは極端に速度に特化した悪鬼が空と地から押し寄せる。詠唱の隙間を縫って雲霞のように殺到し、命を散らしながら引き裂いていく。
速度に割り振りすぎているためにその攻撃力は軽いものの
鍛えてはいても頑健とまでは言えない魔術師達には十分なダメージだった。
絶え間ない血煙と共に徐々に、徐々に包囲の輪が狭まっていく。
膝をつきかける者へ魔法の癒しが施されるがそれもこの絶え間ない攻めの前に
あと、どれほど持つだろうか。 敵は無尽蔵に涌いてくる。
疲労は確実に蓄積し、蝕んで行く。力の残っているうちになんとか切り開いてこの空間から離脱するしかないだろう。
そこに、場違いなほどに陽気な女の しかしまともではない声が響き渡る。
歌うように 呻くように 喘ぐように
「た、たたta taタタタ──楽 死んで クレ Ta?
■※○〓※※ お、ooo暮れちゃっ 他 えへ☆
ふふひ ははひ fu-hi HA! HA!※Ы※…∩√Ж
ひぃー さァsasasas Siぶり、だ★ネ 兄さ ま?」
「……ああ。久しぶりだな、待ち焦がれたよ。
あまりはしゃぐなよ。なぁ───アマティエル。」
抑揚の無い、全ての感情を押し殺したような声で男が応えた。
呼応するかのように吹き上がった獄焔が、羽虫のように周囲を飛び交っていた悪鬼を次々と焼き尽くしいった。
「な、何でしょうかアレは……文献で見た事も聞いた事もありません…。」
その異様さに青髪の眼鏡の青年が怯みつつも分析しようとし
「もさあああっ……この島の生き物では、ないです!
マナが香らない、
ただ、魔力はものすごいッ……!」
歩行雑草の少女はその魔法的な感覚で膨大な力を読み取っていた。
のたうつ巨体。
竜のような悪魔のようなそれは虫や獣の部品をデタラメに繋ぎ合わせ
更に巨大な人体を滅茶滅茶に配置したような悪夢の如き姿であった。
そしてその中心に裸身の女性の上半身が逆さまにめりこんで嗤っている。
それは今はエニシダと名乗っている男の妹の成れの果てであり、そして───
「すまんな、アレは俺の客だ。
お前達を巻き込む気は無かったんだが、な……」
「やかましいわ、水臭いこと言うとらんとさっさと済ませて表に出ようや。
それともなんや……お前等は手ぇ出すな ってか?
寝言は寝てから言ってもらわんと困るで!!」
今更な言葉に赤髪の男が掃射のついでに大声で苛立たしげに吐き捨てる。
尤もな話だ。
「……ああ。こいつは俺の問題だ。
あいつは、俺が殺す。そうすればお前達は外に出れるはずだ。
何の問題もあるまい。」
「───いいえ。お前達は、ということは貴方自身が含まれていません。
故に、承服しかねます。それに私は貴方の“剣”ですから。」
「ウム。しかし決闘に水を差す気は無い。そこは弁えているよ。
だが、せめて手伝いぐらいはさせて欲しいものだよ、エニシダさん。」
突き放そうとするが、そうもいかなかった。
長い付き合いだ。懐刀である女傭兵と、騎士の魂を持つ人馬騎兵が
怜悧に、穏やかに、同行の意志を示す。
「……わかったわかった。俺が悪かったよ。
べつに俺もこんなところで死ぬ気は無い。
それに、無駄話をしている暇も無さそうだしな。」
にぃ、と巨体の中心で女が嗤う。
ぬらり、と引き抜かれた青白い指先が9人の方を指し示す。
命令に従い、押し寄せる黒い波。
巨大な怪魔からもブチブチと組織が分離し、そこから悪鬼が溢れだす。
個も自由意志もないただの駒。それがこの悪鬼達の正体。
無数に広がる枝葉のようなものであった。
「んー、やっぱり邪魔だなぁ、アレ。」
「そうですね。掃除してしまいましょうか?」
「わかりました。───行きますっ!」
セレナ、アルテイシア、ナミサ。
光霊の恩寵厚い三者が手にした指輪/グレイヴ/魔石より
目映い雷撃が走り、嵐のように荒れ狂う。
前衛を固めていた鈍重な大型悪鬼たちが灼き尽くされ
沸騰して内側より、爆ぜる。
空に浮かんでいた悪鬼達が雷に撃たれて次々に爆ぜて墜ちていく。
そして間髪入れずに距離を詰めていた三つの影。
弓矢が、妖刀が、弾丸が撃ち落とし、斬り裂いていく。
速度以外は切り捨てられている悪鬼達があっけなくバラバラに散っていった。
特化はしていても、所詮は意志のない雑兵。状況に浮き足立ちはしないが
より総合的に高い領域に在る者達の歯牙にかかればあっけないものだった。
残りの悪鬼達も数やまとまりさえなければそこまで手を焼くものではない。
打ち据え、斬り裂き、魔術で滅して巨魔への道を作る。
屍山血河を築き疾駆する九人の冒険者達。
「あ れ? あれrererer おっか死ィなぁaa?
あははahaha-ha いいや、もう。やだァ※■ш=※∧
ほら ほ■らほra 早くぅ 来てよゥ ※来なイでよォ
ねェ、ほらЮ★√※〓¬ アムと 遊ビ ま show?」
柱のような触腕が唸りを上げて次々と振り回される。
吹き飛ばされたエゼは体勢を整え、届かない距離を見据えて毒矢を射かけるが
毒が効いている様子は微塵も見られず、傷口もみるみる再生してしまう。
数を減らすどころか逆に再生の度に数を増やしてくる。
けれど、手を休めるワケにはいかなかった。
「ハァァッ! 天空より来たれッ、神々の祝福!」
大地を蹴り、残像を残しながら光霊を纏う祝福の矢を次々と放つ。
更に祝福の矢を重ねた上に尚も追撃を加える。
宝石の如き輝きを纏った矢が、祝福を恍惚へと強制的に転換していく。
超高速機動。機工人馬たるケイロンの真骨頂。
……だが。
「───ぬ、ムゥ!」
手のような翼のようなモノが空中機動に在ったケイロンを叩き落とす。
落下点に居たアルテイシアが咄嗟にシールドを展開しつつ、受け止めた。
「……ふぅ。どうにも厄介ですね。」
「皆さん、回復はこちらでっ!」
ナミサの治癒術が発動し、優しい光が次々と負傷者の傷を塞いでいく。
触腕等には一応、攻撃は通る。
だが肝心の本体へはまるで届いていない。
恒常的に展開されている強大な障壁が魔術を、矢弾を止めて、通さない。
何層かは割れるのだが、それだけだ。殆どの攻撃は本体へは届かない。
たとえ僅かに届いても、威力を殺されたダメージなど、
瞬く間に再生してしまうのだった。
攻撃が通らなければ事態が好転するわけもなく徐々に追いつめられる。
互いに背を合わせ、巨魔を睨みつける九人。
ずるり、ずるりと音を立て、目まぐるしくその形状を変化させていく巨魔。
「もさああ……いけませんね……!」
「なんて言うかデタラメだね……もう。」
「……ひとつ、試しておきたいことがあります。
確証はありませんので、それでも良ければになりますが。」
溜息の中の、ひとつの提案。
確証もなにも試せるものは片っ端から試していくしかないだろう。
視線を交え、頷き、一斉に散る。
先ずは、そのための道を作る!
「はっはー! スピード勝負なら負けへんでッ!」
うねる触腕をアーヴィンの特殊弾の爆発が次々と弾き飛ばす。
が、即座に再生していってまるでキリが無い。
いや、再生速度を僅かに上回ってきている。
凄まじい速度の掃射。
そこに駄目押しとばかりに榴弾が放たれ、轟音を上げた。
「続きます! ───この一瞬で爆発させれば!」
エゼの周りを虹色の場が覆っていく。
───七色の一色それぞれに守護獣の影。
引き絞られた弦から七色の光矢が空へと放たれ
七色の雨が降り注ぎ、次々と触腕を射抜く!
血腥い戦場であることを一瞬忘れてしまいそうな美しい光彩だった。
七色の光に照らされ、鋼の乙女が、駆ける。
グレイヴを振るうと真銀の冷たい輝きが尾を引く。
その一拍後に地面が激しく振動。
「───アタックシークエンス 『結晶空間格子』 実行!」
アルテイシアの命に従い、次々と結晶が隆起。
岩のような晶槍が次々と触腕を突き上げ、串刺し刑にしていく!
「さあ、行くよ───轟き落ちよ、神の雷ッ!!」
「行きますっ! 水の大いなる力を───」
「たっけい台のかたわらに……むねんをうけたなげきの花よ!」
そこに三人の広域魔術の連打による援護が加わり、
道を作り、障壁を歪ませていく。
そして
空が軋む 世界が裂ける。
赤い夢が無数の敵意となって怒濤の様に流れ込む。
狂ったように魔力の牙が降り注ぎ爆ぜる!
セレナ、ナミサ、アルクリーフの放った、パンデモニウムの術式。
裂けた時空の歪みが巨魔に絡み、干渉し、凄まじい負荷がかかる。
声にならない咆哮が響き渡る。
ひとつの賭けだった。
此処が造られて閉じた空間なのだという推測の上での賭け。
そこを時間差で空間の壁を裂くことにより渦を作り出す。
そして動きの止まった巨魔の懐へと影が走る。
自らの掌を引き裂いて鮮血を纏った刃が奔る。
血華が、散る。
───ポワァドブラッド。
ただし、今のそれは常のそれとは一点において差異があった。
それは───静脈を選んで斬り裂いていたという一点。
巨魔の血縁である男の血と、呪われたレギオンの血のブレンド。
密やかに息づく新たな命の紡ぐそれを纏った刃だった。
近しき血、故に抵抗も低く、毒を通すには最適であろう、と。
末端ではなくその本体と思われる半身の近くに刃を受けた
アマティエルがビクンと大きく跳ね上がり、ガクガクと痙攣している。
信じられない、といった顔で。
致命傷とはならなかったが、確かにその動きを更に束縛した。
障壁も最早その形を成してはいない。
「───私の役目は、ここまでです。後は……!」
もがく巨魔の身体を強く蹴り上げ、その場を離れる。
「ああ、良くやった。……予想以上だ。」
入れ替わるように巨魔の前に男がインバネスコートを翻し、立っていた。
女傭兵をその傍らに従えて。
ホルダーより四つの宝玉を引き抜いた。
宙に浮かぶ──
正四面体───火の姿。
正八面体───水の姿。
正二十面体───風の姿。
正六面体───土の姿。
直結したそれらを掌から吹き上がった常世の焔が包む。
宝玉がその輪郭を失い、ゆっくりと入り混じる。
それは、やがてひとつの形を得る。
宝玉であったそれをバレルへと装填し、吹射。
宙を駆け、吸い込まれるように狙い違えず───命中。
「……ははッ、どうだ、効くだろう?
そいつが俺の見つけたお前の為の“毒”だ!!
本当は七つ全てを喰らわせてやるつもりでいた。
けれどお前が来るのが早過ぎて四つしか用意出来なかったよ。
だが、抗体の無いお前が一度にそれだけのマナを摂取すれば……なァ?」
獰猛な笑みを浮かべ、吠える。
アマティエルの胸元に一本の大型のダートが突き立っていた。
四色の入り混じった輝きがその青白い面を照らす。
ざわり。
何かが蠢く音がした。
何かがひび割れる音がした。
不安が、その鎌首をもたげる。
フォウトは、主のその背中を見つめていた。
マナを毒と成す。その理屈はわかる。
けれど、宝玉はマナの安定した供給源。
そして我々は重度にマナに依存してしまっている身体だ。
宝玉を失えばどうなるか───
みしり。
形を変えていく。
ヒトの輪郭が崩れていく。
大きな、いくつもの黒い翼。
鎧を内側から割り砕き、インバネスと入り交じって異形へと化していく
声が出ない。
足が、動かない。
立ち尽くすフォウトと、TCの面々。
金雀枝は妹同様、元々、魔属の因子を内包していた身だ。
眠っていたそれらと絡みあい、より鋭く禍々しい姿へと変貌を遂げる。
やがて異形は大きく羽撃き───。
「エニシダさんッ!?」
ようやく、受け入れ難い事態を事実と認識したアルクが悲痛な悲鳴を上げる。
その伸ばした手は二人の距離に対してあまりに短く、届かず虚しく空を切る。
それとは対照的に、フォウトは平静を取り戻し、主の変貌するその様を見据えている。───悲鳴を飲み込み、必死に押し殺しながら。
常世の焔を纏い、異形が空を征く。
崩壊と構築を繰り返しながら一直線に突き進んでいく。
行く手を遮る無数の触腕を灼き斬り裂いて。
斬り裂かれた触腕は、ぐずぐずと崩れて再生する気配はなかった。
アマティエルの元に降り立ったその異形は
かぎ爪と化した腕でそれを鷲掴み抉り引き千切る。
巨魔の身体から引き抜かれたアマティエルの両肩をしっかりと掴み
突き立っていた宝玉ダートを何度も、何度も蹴り込む。
蹴り入れる度に、崩壊が進む。
巨魔も、金雀枝も、その妹も。
ぞぶり。
周囲から無数の細く鋭い触腕が襲いかかり、黒い背中を貫いた。
黒い羽根が、舞い散る。血飛沫を上げて。
それでも、その手を離すことはなかった。
「Ga ア ぐッ■ え ガぁaAaaa■※≡ы¬※────ッ!」
甲高い、断末魔。
血塗れで絡み合った男女は血溜まりの上でそのまま、動かない。
静まったその場に、男のか細い呟きが、漏れる。
「……チガ ヤ……ネア…
父さ…ん…やった ぞ………お前たち の───」
虚ろに語りかけるその目は、なにを見ているのか。
過ぎた日の、幻か。
少なくとももう、現世を映してはいなかった。
「はは…ま、待たせ…た な……
…すま な…………
い、今…帰る よ……………。」
穏やかに、満足げな笑みを浮かべ、そして───。
巨魔が崩壊していく。
そして捩じれていた時空がその支えを失い荒れ狂う。
アマティエルによって造られていたこの空間もそのほつれから
加速度的に崩壊が進んでいた。
早く脱出しないとこのまま諸共に飲み込まれてしまうだろう。
崩れていく巨魔の躯が、ぽっかりと開いた虚無の淵へと落ちていく。
その上に金雀枝と名乗っていた男の残骸を乗せたまま。
「……ケイロンさんッ!」
「わかっている。行こう、フォウトさん! 皆は先に脱出を!」
「ええ。……ええ!」
二人が浮遊している瓦礫の上を跳躍していく。
重力もおかしくなっていてもう、滅茶苦茶だ。
それでもなんとか足場を得て、近付いていく。
あともう少し。
あともう一歩。
けれど
届かなかった。
死角から飛来した欠片によりケイロンが大きくよろめく。
「───ぐ、ムウッ、俺に構わなくいいッ
行ってくれフォウトさんっ!!」
それでも自分を足場にしてフォウトを先に行かせる。
みるみる、機工人馬の姿が遠ざかっていく。
「……っ、ええ。勿論です!」
───ぶちっ。
ぶちぶちぶちっ!
鎧の形をした楔のいくつかを解き放ち、取り込む。
強く、大きく青灰色の翼を広げた。
形振りなど構ってはいられない。
より軽く───より、速く。
下半身はすでにもう巨大な翼の塊だった。
翼だけではない。
奇妙な光沢を放つ鎧のような、外骨格のような更に異形へと
変貌を遂げながら弾丸のように宙を駆けていく。
仲間が身を呈し託してくれたその一歩。
無駄にはしない。無駄には出来ない。
けれど、まだ届かない。
あと少し あと少しなのに───!
「ははは、世話の焼ける! それ、抜かるでないぞ!」
そう、消えたはずの『彼女』の声が聞こえた気がした。
幻聴、だろうか。そんなことはどうでもいい。
ここで重要なのは、強く追風が吹いてくれたことだ。
風に乗り、限界を越えて羽撃き続ける。
いくつかの翼が千切れ飛び、後方へと飲まれていった。
長く伸ばした異形の指先がなんとか、主へと届き、そして───
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「───以上が、雨云先生からのレポートの一部始終です。
この日に“島”は閉じてしまったので以降は不明だそうです。」
沈痛な面持ちで溜息をつき、近くの椅子へと崩れるように腰掛ける。
奇妙な髪色の少女だった。
「ありがとう。すまなかったね、ネアや。
“観察者”へは私の方からも礼を送っておくよ。
とりあえずそのデータをこっちに貰えるかい?」
そう応えたのは黒髪の魔女だった。
困ったような、ほっとしたような複雑な面持ちだ。
ベッドに横たわり、涼しい顔をしているがあからさまに血色が悪い。
ついこの間まで、あのアマティエルの封印として長きに渡って束縛され続けてきたのだから無理もない。
いや、この義体の魔女でなければこの程度で済んではいなかっただろう。
「……ふむ、なるほどね。
どうやら、天使が消滅する際のエネルギーを喰らったか。
瞬間的に霊位を上げて変質させて私からの束縛と同調を
無理矢理振り切ったワケだ。
まぁ、それ相応のダメージも負っていたようだけれど……過ぎた話か。」
詳細なレポートから断片を拾い上げ、状況を推測混じりに分析していく。
だが、急に咳き込みだしたかと思うとシーツに赤い染みがいくつか広がった。
それを目にした少女が驚いて立ち上がり、その勢いで椅子が倒れて転がる。
「お、おばぁちゃん!? 大丈夫? やっぱりまだ無理しちゃ駄目だよっ」
「……は、はは、そうだね。
思ったより身体にガタが来てるようだ。情けない。
まぁ、ようやく肩の荷も下りたことだし暫くはゆっくりさせてもらうよ。
で、あんたはどうするんだい?」
「ど、どうって……な、何?」
「どうしたいのかって聞いてるんだよ。考えてるんだろう?
このままじっと報せを待っているのか、それとも自分で探しに行くのか。」
「でも、もうあの島は閉じちゃってるし、私が行ったところで…」
「閉じたものはまたいつか開くさ。
今、力が足りないのなら、それまでに出来ることをすればいい。
……ネアリカ。あんたがどうしたいのか。要はその一点だけだよ。
幸か不幸か、時間はある。じっくり考えてごらん。」
「……うん。そうだね、考えてみる。ありがと、おばぁちゃん。
じゃあ、私もう行くね。起きてないでちゃんと休んでね?」
ゆっくりと扉が閉じ、そしてまた扉が開いて閉じる。
燃えるような夕焼けが二人を赤く照らし
涼風が夜の訪れを告げる。
「……ふぅ。全く、どこまでも手間のかかる馬鹿息子だよ、本当に。
昔から、心配ばかりさせて、周りの気も知らないで……ッ」
「ひひ。そう言ってやんなよ。あいつは、やる事ぁやり遂げた。
実の妹だ、どれだけ憎んでもやるせねぇモンをさ……よくやったよ。
褒めてやろうぜ。俺達の自慢の息子なんだからよぉ。
ま、帰ってこねぇのは褒められたモンじゃあないけどな……ははァ。」
「……そうだね。出来れば二人とも帰ってきてほしかった。
帰ってきてほしかったよ。悪いのはこの私だというのに……ッ!!」
「そうやって自分を責めんなよぅ。それに半分は俺の責任なんだ。
だから……待とうぜ。待っててやろう。な?
んで、おかえりなさい って皆で言ってやんなきゃよ!」
to be continued next stage
─False Island Revenge.─
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「くぅ……ぁ…は……。」
崩れていく肉体。
手も、脚も無い。
再構築を試みてもおかしくなってぼろぼろと
崩れ落ちてしまうのは既に何度も試した後だ。
「ひゅ……ぅ…くっ」
けれどもう、そんなことはどうでもよかった。
思考が、妙にクリアだ。
衝動もなにも無い。“声”も聞こえない。
ずっと血色で曇っていたのにそれも無い。
色々なものから解放されていく。
ただのアマティエルという個人へと戻っていく。
ずっと、ずっと忘れていた感覚。
喪った両腕で腹の上で倒れている黒い残骸を抱きしめる。
自分の為にボロボロに燃え尽きてしまった兄の、それを。
そしてその指先で繋がり、倒れている銀髪の女性を一瞥し
───胸中で後悔と嫉妬と羨望が入り交じる。
いつか、どこかで見た、ふたり。
「……ねぇ。ありが…と う、兄さま。
……ごめん ね。ごめんね……」
涙が溢れ、次から次へと虚空へ落ちていく。
せめて、最期に兄がくれたものを返したかった。
大好きで、それが故に迷惑をかけ続けてきてしまった兄へ。
そうすれば、兄を助けられるかもしれない。
けれどそれは既に無数のマナとなり拡散してしまった。
それを集める力も術ももうその身に残ってはいない。
なにもできない。
ずっと、面白半分に色んなものを砕き続けてきた罰だろうか。
無情にも、非情にも崩壊は進む。待ってはくれない。
そして
味覚が消え
音が消え
光が消え
もう、なにも感じられない。
もう、なにも考えられなくなってきた。
もう、なにも。
もう……
……
…
やがて、ぱちんと小さな音を立てて弾けた。
終幕の音。
アマティエルと呼ばれていたそれは黒い塵になって、風に乗って消えた。
骨もなにも───後に残すことなく。
遺跡内深部。
愛嬌のある、けれど奇妙な───不安になる形状の帽子。
白衣を纏った人影が近所の散歩のような気軽な足取りで歩み寄ってくる。
そこには───ぼろぼろになった二人が倒れ伏していた。
「もう、しょうがないなぁ、エニシダ君は。
さっきそこで拾ったからあげるよ、これ。
ナマだかキだか知らないけどね、うん。
これ一個で代わりにはなるはずだから、はい。」
「……ああ、うん。今回の“島”は閉じちゃうからね。
僕が持ってても仕方ないし火事場ドロボウみたいなものだしー。
でも替えのはもう無いから落としたりしないでね、うん。」
「僕はもう行くよ。また会うこともあるのかな?
じゃ、後はフォウトちゃんとごゆっくり。」